東京高等裁判所 昭和28年(う)2505号 判決
被告人 静岡孝之
〔抄 録〕
第一点について。
原判決認定の事実はその挙示する証拠によつて優にこれを認めることができ、記録に徴するも原審には所論のような事実誤認の違法があるとは認められない。
元来自動車の運転者が自動車を運転して鉄道の専用軌道の踏切を横断通過しようとする場合において、特に遮断機或は警報機等安全確保の施設のないときは、該踏切を通過する汽車、電車等の列車(本件においては気動車)の存否に対し深甚の注意を払う義務のあることはいうまでもないところである。踏切の左右の軌道が相当の遠距離まで見透十分であつて、運転者が自動車を操縦しながらでも踏切のはるか手前から軌道上を走る列車のないこと、その他踏切通過に支障がないことを確認できたような場合においてはとにかく、然らざる場合には万全の措置として踏切の直前で一旦停車してその安全を確めるのが自動車運転者のとるべき当然の措置である。況や踏切の附近において軌道が彎曲しており、かつ踏切に接近して人家、樹木、生垣その他視界を遮るものが存在する場合には、必ず踏切の直前にて一旦停止して、左右の軌道上を注視し、同踏切に向つて進行し来る列車のないことを確認し、踏切内に自動車を進行するもなんら危険のないことを十分確めた後でなければ自動車を進行せしむべきでないことは自動車運転者の業務上当然の注意義務といわなければならない。本件についてみるに、被告人は判示踏切の直前において一旦停車せず、従つて左右の軌道上を注視して進行し来る気動車の有無を確認しなかつたことは、原判決挙示の証拠によつて十分認められるところであり、原審裁判所において適法に証拠調をした司法警察員作成の実況見分調書(図面写真を含む)の記載によれば、千葉天津線(県道)より右折して判示踏切に至るまでの道路上より見て、右側(南側)には踏切の手前に高滝診療所の建物がありその建物と踏切との間には生垣があつて軌道の右方(高滝駅寄り)はその見透は全くなく、左側(北側)は水田を通して軌道敷の土手は一部分見えるが、生垣、樹木があるため軌道の左方(久保駅寄り)は遠くまで見えないし、又踏切に接着して文房具商戸田辰吉の建物があるのでその附近の軌道は全く見透のないこと及び判示踏切には遮断機その他安全確保の施設がないことが認められる。かような場所にある踏切を通過しようとするときは、被告人は前記の如き注意義務に従い必ず同踏切の直前にて自動車を一旦停止せしめて左右の軌道上を注視しその軌道上を同踏切に向つて進行し来る気動車等の列車のないことを十分確めた後でなけれで該踏切内に自動車を進行せしめるべきでないに拘らず被告人は所論の如く同踏切の七、八メートル手前にて、前記の如く一部分見透せる軌道上に気動車の姿を認めなかつたからとて踏切の直前にて一旦停車しなくとも安全を軽信し、そのまま踏切内に自動車を進行せしめるが如きは、自動車運転者としての業務上当然の注意義務を怠つたものであることは言を俟たない。従つてこの点に関し原審には所論のような審理不尽又は法令の解釈を誤つた違法があるとはいえない。更に又本件事故の発生につきガスカーの乗務者に所論のような過失があつたとの事実はこれを認むべき証拠はなく、却つて米本半の検察官に対する供述調書の記載によれば右乗務者には所論のような過失はなかつたものと認められるのである。仮に右乗務者側にも本件事故の発生につき所論のような過失があつたとしても、本件はなお被告人の業務上過失に起因するものと認められることは叙上認定のとおりであるから、右の如き事由は、被告人の本件行為に対する責任を阻却するものではない。
次に被告人が本件自動車を運転するに至つた事情顛末が如何あらうと、被告人が本件小型貨物自動車を運転した以上自動車運転者としての注意義務にはなんらの消長なく、又気動車の前面に自動車の左側面を衝突させたとの判示は気動車の前面と自動車の左側面とが衝突した事実を表現したものであつて、なんらの瑕疵あることなくいずれもこの点に関し原審には所論のような審理不尽又は事実の誤認あるものということをえない。要するに論旨はすべて理由がない。